お久しぶりです。今回は嫌がらせ眼鏡の名をほしいままにする三雲修のこれまでの軌跡を名場面ごとに切り取ってみていきたいと思います。それではまったりとやってきましょう。

 まずは一巻での場面からいきましょう。一巻を読んだみなさんの修についての感想は大体が「眼鏡ザッコwwwwww」だと思いますが、この感想は19巻までよんでも変わりません。しかし読み進めれば読み進めるほど雑魚だからこそ修がかっこよく見えてくるのです。

1.「…僕がそうするべきだと思ってるからだ‼」
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(一巻から引用)
 一話にて修が一般人を助けに行く場面でのセリフです。ちなみにこのパンピーは三バカといわれる頭の悪いヤンキー?とそのお仲間たちのことです。一話では自己紹介的な要素が多く、ユーマと修、二人の性格が色濃く映し出されたエピソードとなっています。ユーマはみずから危険地帯に入ってきて、近界民に襲われる三バカたちに対して「自業自得」と言い放ち助けずに退散をしようとして持ち前のリアリストぶりを発揮します。しかし、修は自らを日ごろから蔑み、さらには複数人でリンチしてきた相手であろうと助けに向かうためにトリガーを起動します。

「なんでお前が助けに行くんだ⁉」

 ユーマは問いかけます。この時、幼いころから戦争の中で育ち、リアリストであるユーマにとってあまりに理解しがたい出来事だったのです。命を残すも落とすもすべては当人の責任、その考えが当たり前だったユーマにとっては。(ユーマのこの思考はこの記事で詳しく書いてます)

「…僕がそうするべきだと思ってるからだ‼」

 修は答えます。ちなみにこの時の修はあくまでも訓練生、つまりはC級隊員です。C級隊員は規定で訓練以外でのトリガーでの起動を禁止されており、今回対峙する相手のトリオン兵であるバムスターに修は訓練ですら倒せたことがありませんでした。(しかも入団時のテストのため、通常時より弱い状態のバムスターに、です。)つまりは既にこの時から修は自分が死ぬかもしれないという状況にも関らず、他人を、自らを蔑んでくるような他人を優先したのです。あまりにも歪すぎますよね。修がこのような歪な生き方をするのには理由があります。そのヒントは三巻での修のセリフにあります。

「一度でも逃げたら、きっと本当に戦わなきゃいけない時にも逃げるようになる。」

 実際、修は現在19巻に至るまでまだ一度も逃げる、ということをしていないのです。そして、修はさらに言葉をこう続けます。

「自分がそういう人間だって知ってるんだ」

 ワールドトリガーにおいての修の物語はボーダー加入後、ユーマに出会ってから始まり、それ以前の物語については未だ明かされていない部分が多いのです。修の過去について言及されたことがあったのは雨取麟児とのエピソードについてのみです。修の前述の発言から自分が一度逃げたことに対するトラウマが自分よりも他人を優先する歪な行動原理を生み出した起因なのではないでしょうか。そう考えると麟児とのエピソードでは修はあくまでも置き去りにされたのであって逃げるつもりではなかったので、このエピソードが修の源泉であるとは考えにくいです。
 少し話がそれましたが、本筋に戻りましょう。修は「そうするべきだ」と思ったことから決して逃げることはないのです。自分の弱さ、未熟さをいくら痛感しようと、たとえ自分が死ぬ可能性があろうと修にとって自分が逃げていい口実にはならないのです。かっこよすぎますよね。眼鏡、雑魚、容姿普通って要素で主人公やってのけるだけの魅力がここにあるのです。そして、弱い修が決して逃げないからこそかっこいいんです。ワールドトリガーのいいところは読み直すほどセリフの裏に込められた意味がわかり、感動がぶり返す点にあります。この記事を書くために一巻読み直したら一話から泣きました笑

 修のような「持たざる者」が持つにはあまりに重すぎるこの「不退転の決意」はユーマを始めとしたいろんな人に影響を与えていきます。当たり前ですよね、自分よりも弱い、雑魚眼鏡な修は自分がどんなに弱くても決してあきらめず自分にはまだやることがあると思っているのですから。こんなのは並大抵のことじゃないんです。修はただ「やるべきことをやる」のです、ただひたすら実行するのです。たとえ、修練が全く結果につながらなくても修にとって立ち止まる理由にはなりません。その愚直さが周りを少しずつ変えていくのです。
 修が「持たざる者」としてどこまでこの世界を変えていくのか、今後とも気になるところです。

ではノシ