初めまして、意識他界君と申します。何卒宜しくお願いします。

いきなりですが、皆さんは友達は何人いますか?
一口に友達と言ってもどういう基準をもって友達と定義するかという話になりますよね。
ここはわかりやすく、自分の誕生日を祝ってくれる人を友達と言うことにしましょう。


さぁ、みなさんは何人いますか?


私はもちろん0人でした。要は私は昔から人に嫌われていました。そのせいで皆さんが青春と呼べる時代を過ごした時、部活で孤立し、一人でネットゲームにのめり込んだりと正にナードと言った人生を歩んできました。

私事はさておき、話を進めましょうか。
では、なぜ人に嫌われるのかを考えていきたいと思います。まずは、みなさん嫌いなやつの特徴や、仲良い友達と呼べる人に言われて嫌だったことをなるべく具体的に書き出してみてください。

私が依頼した知人Hの場合はこうです。
嫌いな人
  • 約束を守らない。(ex.時間に遅れる、ドタキャンが多いなど)
  • 自分のことばかり話す。(ex.飲み会でも自慢話ばかり)
  • 空気を読まない、こちらの状況を汲んでくれない。(人が疲れている時にブラックジョーク、手が回らないのに仕事を押し付けてくる)
  • いつも機嫌が悪く、怒りっぽい(些細なことでイライラしているし、常にしかめっ面
  • 人のことを馬鹿にする。
  • 要領が悪い。
  • オドオドして周りを気にする。
  • 自己中心的である。
嫌だったこと
  • 家族や身体的特徴の悪口
  • 飲み会での過度なノリの強要
  • 自分の言葉を信じてもらえない、疑いを持たれる
と、いった具合です。
自分にとって嫌なことを書いてなんの意味があるのかという疑問を抱くかもしれません。しかしこれは他者とのコミュニケーションにおいて最も重要なポイントなのです。
「自分にとって嫌なことは相手にしてはいけない」という言葉を耳にしたことはないでしょうか。この言葉は突き詰めると自分と相手の立場を置換し、一方的でなく相互的なコミュニケーションを促す考え方なのです。つまりは「相手の立場になって考える」と「自分がされて嫌なことは相手も嫌である」ということです。

何を当たり前のことを言っているんだとあなたは感じるかもしれません。

しかし、あなたが誰かから嫌われている場合、自分の書き出したリストのうち必ず一つ以上の行動をその誰かに行っています。

なぜなら人間は外的要因に反射的に生きているからです。そのため学校での関係なのか、職場での関係なのかにもある程度変動はありますが、必ずそれらを行なっているからこそ、反射の結果として嫌われるのです。

私は高校時代、野球でのミスを許容できない人間でした。セカンドを守っていた時にピッチャーが連続で四球を出した後、ホームランで負けた試合があり、私はピッチャーを攻めました。しかし、ある日の試合では私のサヨナラエラーをし、大会に敗退をしたのです。
その時ピッチャーから泣きながら「お前のせいで負けたんだ」と咎められました。
私はその時「そもそもランナーを溜め込んだのは今回もピンチの場面で四球を出したお前のせいだろう。自分もミスをしたくせに人を許せないのか」と思っていました。

ピッチャーの彼が私を許せないのはそれもそのはずです、なぜなら私自身が人を許せないたちだったのですから。


私が彼を許せていなかったのに、彼が私を許す理由がありますか?


人に自分が与えずに、人から好感度を得る方法などはありません。
ナポレオンや歴史の偉人たちのようなカリスマ的な存在は意識的に与えなくとも周りの人が好感度を享受したために人に愛されるのです。

しかし、私のようなナードは一方的に与えられることばかりを望み、与えることをしないのです。人から嫌われずに好かれたいと思うのならば、少なくとも自分がやられて嫌なことはすべきではないのです。

まずはこれが好感度を得るための第一歩です。

次の記事では好感度を得るためにすべきことについて話したいと思います。では